26歳で結婚したとき、
家計を預かったのは私だった。
高卒夫婦で共働きだった。
いわゆる“二馬力”だ。
そんな家計を守るため
私が決めたルール、それは
“基本は一馬力で回す”だった。
私は18歳で社会に出た。
地方の小さな会社で、高卒の事務員。
まだ男女雇用機会均等法が今ほど浸透していない時代。
手取りは、正直とても少なかった。
だから思っていた。
「増やさなきゃ」
「将来のために貯めなきゃ」
使いたい、よりも、貯めたい。
お金は楽しみよりも、安心のためのもの。
若い頃の私は、そんな感覚だった。
当時、専業主婦を希望する同世代の女性は多く、
身近にもたくさんいた。
「仕事が嫌だから早く辞めたい」
「結婚したら専業主婦になりたい」
そんな声をよく聞いた。
でも私は、少し違っていた。
子どもの頃、叔母から聞いた体験談。
結婚を機に仕事を辞めたことを後悔していた。
キャリアを途中で手放したこと。
子育てがひと段落して
もう一度働こうとしたとき、
以前と同じ場所には戻れなかったこと。
その話を聞いたとき、子どもながらに思ったのだ。
私は、続けよう。
子どもを産んでも、仕事は辞めない。
18歳の私は、正社員として働き続けようと、
心のどこかで決めていた。
26歳で結婚し、
家計を預かることになったとき、
自然に浮かんだのが、
「最初から、夫1人分の給料で暮らす」
という考えだった。
私は働き続けるつもりだった。
でも、人生は思い通りにいかないかもしれない。
子どもが生まれたら働けない期間ができる。
職場の人間関係に悩む日が来るかもしれない。
どうしても辞めたくなる日が来るかもしれない。
そのとき、
“辞められない自分”になるのが一番こわかった。
だから私は、辞めるかどうかは別として、
「辞められる環境」を作っておこうと考えた。
私の収入が途絶えても家計に影響しない環境。
それが、1人分の収入で暮らす設計だった。
最初からそう決めていたので、
生活レベルも自然と一馬力分の範囲内だった。
幸いなことに、私たち夫婦は、
買い物やブランドに興味があったわけでもなく、
年に一度、家族で旅行に行き、
私は趣味のライブに参戦できれば十分だった。
使うときは使う。
でも交通費や宿泊費は最安値を探す。
普段は質素に。
ここぞという時は気前よく。
それが私なりのバランスだった。
夫は私の家計方針に口出ししなかった。
小遣いは月1万円から始め、家計に余裕ができた節目で、
1万5千円、2万円と徐々に増やしていった。
タバコも吸わず、服や髪型にも強いこだわりがない人だった。
渡された小遣いの範囲でやりくりしてくれた。
少ない手取りの2人だったが、
それでも二人三脚で、そんな生活を数十年続けた。
あるとき、衝撃的な出来事が起きた。
娘が100万円を超える借金を作ったのだ。
そのとき夫がぽつりと言った。
「あればあるだけ使うよ」
えっ?そうなの?
私は心の中で驚いた。
夫は私と同じ金銭感覚だと思っていたから。
もし最初から2人分の収入を前提に
生活していたらどうなっていたのだろう。
夫婦別財布だったら。
家計管理を夫に任せていたら。
今の蓄えは、きっとなかったのだろう。
私は、お金を貯めることで、
お金に縛られない自由を手に入れたかった。
仕事を辞めたくなったら辞められる。
1人分の収入になっても生活できる。
行きたいときに旅行に行ける。
そんな“選択肢”を持っていたかった。
共働きでも、1人分の収入で暮らす。
それは単なる節約ではなく、
“自由と安心を手にするための手段”だった。
そしてこの考え方は、
のちに「保険を手放す」という決断へもつながっていった。

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